川崎学園 創立50周年記念誌
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12 川﨑祐宣は1904(明治37)年、鹿児島県姶良郡横川村(現 霧島市横川町)で、川﨑家の長子として生まれた。厳しい薩摩郷士の家風の中で育ち、横川小学校、旧制加治木中学校を経て、旧制第七高等学校造士館に入学、同時に入寮した。この寮生活での体験が、祐宣の人間形成や生き方に大きな影響を与え、のちに川崎学園創立にあたって、医科大学・附属高校の全寮制を導入する動機となった。 七高造士館在学中に、医師である伯父・永田安愛氏の医 学園の礎づくり川﨑 祐宣医の理想を追い求めて1904-1996大隅横川駅(霧島市横川町)生誕の地鹿児島が育んだ不屈の精神療に対するひたむきな姿に感銘を受け、医の道へ進むことを決意。1927(昭和2)年、岡山医科大学(現 岡山大学医学部)へ進学した。在学中、恩師津田誠次氏(第二外科学教室教授)や盟友三木行治氏(後の岡山県知事)をはじめ多くのすぐれた人材との出会いを得たことは、祐宣のその後の医学・医療への道に大きな影響を与えた。昭和30年代頃の川家岡山医科大学時代の祐宣前列中央が祐宣、右端が明德

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